2018年10月17日

『アイドルだって恋をするvol.3』プロローグショートストーリー


☆☆『アイドルだって恋をするvol.3』プロローグショートストーリー☆☆

 アイドルという職業はとにかく忙しく、毎日が目まぐるしく過ぎていく。『同じ日』など一日たりともなく、行く場所、会う人が常に変化し、やることも変わる。スポットライトを浴びながら自分のパフォーマンスを披露し、それが上手く出来れば出来るほど、周囲からの評価は上がり、応援してくれるファンも増える。陸羽はとにかくこの仕事が好きだった。
 努力と実力だけでは成功を成しえることはなく、周囲にどれだけ好かれるか、そしてどのタイミングで運が味方をしてくれるかもとても大切だ。リーダーを任されたからにはメンバーのメンタルのフォローもしなければならない。
 中学卒業まで海外で生活していた陸羽は他のメンバーに比べると、よく言えばおおらか、悪く言えば少々図太いところがあったので多少の誹謗中傷でへこんだりはしない。彼にとって芸能人はまさに天職だった。

 そんな陸羽にもストレスの種はあった。それは、事務所に迷惑がかかったり今後の仕事に響くことを恐れて『男漁り』が出来なくなってしまったことだ。
 男性が好きなのかと聞かれたら、これまで恋愛をしたことがないのでよくわからないと答えるだろう。けれど、性の対象はどちらなのかと聞かれれば、間違いなく男性と答える。それが陸羽だった。
 そんな彼を男性ばかりのアイドルグループに入れるなどと思われるかもしれないが、異性同士の恋愛でも当たり前にあるように、陸羽にも好みというものがあった。幸いと言っていいのかわからないが、メンバーの中に陸羽の欲情をそそるようなタイプはいない。時々メイク担当やカメラマンに好みのタイプがいたとしても、彼らと関係を持つことは出来ない。何がもめ事が起きた時に仕事に影響が出そうだし、あることないこと吹聴されそうで怖い。狭いこの業界、誰がどこで何をしていたか、すぐに噂として広まってしまうのだ。
 時々襲ってくるムラムラした気持ちを発散させる場所を見つけることが出来ず、陸羽は悶々とした日々を送っていた。

 そんなある日のこと、紹介したい新人がいると言われ、社長室に呼ばれた。自分が呼ばれると言うことは、アーティスト部門で新しいグループのデビューが決まり、そのリーダーを紹介されるのかもしれない。後輩とはいえライバルにもなる相手に、どういう態度で接すればいいのか悩むところでもある。
(……まあ、いつもどおりでいいか)
 悩み始めてから数秒後には気持ちを切り替え、一声かけてから社長室の扉を開けた。
「失礼します」
「あー、忙しいのにごめんね陸羽」
 軽い調子で言い、デスクの向こうの椅子に腰かけたまま、社長がひらひらっと手を振る。彼のことは同胞なのではないかと思っているし、思われている気もする。けれどそれを探り合おうとしないのは、お互い好みではないせいかもしれない。
「今日は紹介したい子がいるんだよねえ。ほら、そんな隅っこにいないでこっちに来て」
 彼の手招きで、本棚の横に隠れるようにして立っていた人物が一歩前へと出る。
 カーテンの隙間から零れる日差しが、『彼』の髪を一筋撫でながら落ちていく。伏し目がちな瞳、長身を持て余す華奢な体つき、透き通るように白く透明感のある肌。華はあるのにつかみどころはないという、不思議な雰囲気を醸し出していた。
「この子、Akariっていって、最近うちのモデル部門に所属したの。俺が直々にスカウトした子だから、よろしくしてくれない?」
(やっぱりそうか)
 La・Plusはアーティスト部門に所属しているタレントはほぼ『アイドル』であり、いわゆる『アーティスト』は数少ない。Akariを見た瞬間、彼が歌って踊る姿を想像出来なかった陸羽は、おそらくモデルなのだろうとすぐに思った。
「よろしくって……別に構いませんけど、どうして俺が?」
 本当は理由はわかっていた。陸羽はEmpRealの活動と並行し、長身を生かしてモデルの仕事もしている。きっと陸羽とAkariをセットにし、これから雑誌で売り出していこうという魂胆なのだろう。わかっていても少しもったいぶった返事をしてしまったのは、Akariがかなり好みのタイプだったため、がっついているように見られたくないという自分でも笑ってしまうようなちっぽけなプライドのせいだった。
「二人は年も近いし、これから一緒に色々な媒体に出てもらおうと思ってね。まあ、つまり、Akariの売り出しに利用されちゃってよ陸羽ちゃん、ってこと」
 歯に衣着せぬ物言いに、苦笑いすると陸羽はAkariを改めて見た。
「初めまして、EmpRealのリーダー、来栖陸羽です。よろしくお願いします」
 いつもどおり愛想良く笑って握手のための手を差し出す。けれどAkariは視線を床に落としたまま、陸羽の指先を軽く握って頷いた。
「Akariです……よろしくお願いします」
 蚊の鳴くような小さな声でボソッと呟くと、Akariはすぐに手を離してしまった。見た目はピカイチだが、これでは売れるものも売れないだろう。
「あのさ、挨拶の時ぐらい、人の目を見てくんない?」
 ズバリと指摘すると、Akariは一瞬にして耳まで顔を赤くし、顔を上げた後またすぐに俯いてしまった。
「……すみません」
 その態度は決して褒められたものではなかったが、やたらと可愛く見えたのは、好みのタイプという贔屓目も入っていたかもしれない。
(この仕事をしてなければ、すぐに口説いてたかもな)
 一晩だけでもどうにかならないかと思い巡らせてしまうぐらい、陸羽はAkariに興味を抱いていた。

 ――けれど、そんな陸羽の想いとは裏腹に、Akariはひたすら素っ気なかった。一応顔見知りではあるのに、廊下ですれ違っても会釈だけ、こちらから話しかけようとすれば、その気配を察したかのようにいなくなってしまう。
(嫌われるようなことしたか?)
 いくら思い返してみても、嫌われるほどの会話をした記憶もない。よろしくお願いされたものの、してあげられることは何もなさそうだった。

 それからまもなくだった。マネージャーから男性向けファッション誌の表紙と特集ページの仕事が決まり、一緒にAkariも出ることを聞かされたのは。
 特集ページを組んでもらえるなど新人モデルとしては大抜擢だ。もちろん、陸羽のバーターであることや事務所の力が大きいのもあるが、今のご時世、それだけでは出版社は動いてくれない。きっとAkariに魅力や可能性を感じているのだろう。
(あの見た目だもんな。まあ、わかる)
 強力なライバルにもなり得る存在だったが、陸羽もそこは認めざるを得なかった。
 そして撮影当日、マネージャーに連れられてAkariが挨拶にやってきた。
「……今日はよろしくお願いします」
 小さな声でそう言って頭を下げたが、決して陸羽の顔を見ようとはしない。相変わらずの態度だったが、陸羽は気にしない素振りで微笑んだ。
「一緒の現場、初めてだな。わからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
 大きな仕事が初めてなだけで、これまで小さな仕事はこなしてきているだろうから、陸羽のアドバイスなど必要ないかもしれない。けれど一応お仕着せの挨拶をすると、Akariの手に軽く触れた。
(ん……?)
 Akariの手は微かに震えていた。自分にも経験があるからわかる。これは緊張からくる震えだ。
(なるほどね……)
 もしかするとAkariは、極度の上がり症なのかもしれない。見目麗しい長身の男が仔猫のように震えている姿を見ていたら、陸羽の中に何か衝動のようなものが込み上げてきた。
(ヤバい、ますます興味出てきたかも)
 アイドルという職業はとにかく忙しく、毎日が目まぐるしく過ぎていく。『同じ日』など一日たりともなく、行く場所、会う人が常に変化し、やることも変わる。
 それにさらに楽しいことが加わりそうな予感を陸羽は抱いていた。

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アイ恋3ジャケット.jpg
posted by ライムソーダ at 17:04| ショートストーリー