2018年10月17日

『アイドルだって恋をするvol.3』プロローグショートストーリー


☆☆『アイドルだって恋をするvol.3』プロローグショートストーリー☆☆

 アイドルという職業はとにかく忙しく、毎日が目まぐるしく過ぎていく。『同じ日』など一日たりともなく、行く場所、会う人が常に変化し、やることも変わる。スポットライトを浴びながら自分のパフォーマンスを披露し、それが上手く出来れば出来るほど、周囲からの評価は上がり、応援してくれるファンも増える。陸羽はとにかくこの仕事が好きだった。
 努力と実力だけでは成功を成しえることはなく、周囲にどれだけ好かれるか、そしてどのタイミングで運が味方をしてくれるかもとても大切だ。リーダーを任されたからにはメンバーのメンタルのフォローもしなければならない。
 中学卒業まで海外で生活していた陸羽は他のメンバーに比べると、よく言えばおおらか、悪く言えば少々図太いところがあったので多少の誹謗中傷でへこんだりはしない。彼にとって芸能人はまさに天職だった。

 そんな陸羽にもストレスの種はあった。それは、事務所に迷惑がかかったり今後の仕事に響くことを恐れて『男漁り』が出来なくなってしまったことだ。
 男性が好きなのかと聞かれたら、これまで恋愛をしたことがないのでよくわからないと答えるだろう。けれど、性の対象はどちらなのかと聞かれれば、間違いなく男性と答える。それが陸羽だった。
 そんな彼を男性ばかりのアイドルグループに入れるなどと思われるかもしれないが、異性同士の恋愛でも当たり前にあるように、陸羽にも好みというものがあった。幸いと言っていいのかわからないが、メンバーの中に陸羽の欲情をそそるようなタイプはいない。時々メイク担当やカメラマンに好みのタイプがいたとしても、彼らと関係を持つことは出来ない。何がもめ事が起きた時に仕事に影響が出そうだし、あることないこと吹聴されそうで怖い。狭いこの業界、誰がどこで何をしていたか、すぐに噂として広まってしまうのだ。
 時々襲ってくるムラムラした気持ちを発散させる場所を見つけることが出来ず、陸羽は悶々とした日々を送っていた。

 そんなある日のこと、紹介したい新人がいると言われ、社長室に呼ばれた。自分が呼ばれると言うことは、アーティスト部門で新しいグループのデビューが決まり、そのリーダーを紹介されるのかもしれない。後輩とはいえライバルにもなる相手に、どういう態度で接すればいいのか悩むところでもある。
(……まあ、いつもどおりでいいか)
 悩み始めてから数秒後には気持ちを切り替え、一声かけてから社長室の扉を開けた。
「失礼します」
「あー、忙しいのにごめんね陸羽」
 軽い調子で言い、デスクの向こうの椅子に腰かけたまま、社長がひらひらっと手を振る。彼のことは同胞なのではないかと思っているし、思われている気もする。けれどそれを探り合おうとしないのは、お互い好みではないせいかもしれない。
「今日は紹介したい子がいるんだよねえ。ほら、そんな隅っこにいないでこっちに来て」
 彼の手招きで、本棚の横に隠れるようにして立っていた人物が一歩前へと出る。
 カーテンの隙間から零れる日差しが、『彼』の髪を一筋撫でながら落ちていく。伏し目がちな瞳、長身を持て余す華奢な体つき、透き通るように白く透明感のある肌。華はあるのにつかみどころはないという、不思議な雰囲気を醸し出していた。
「この子、Akariっていって、最近うちのモデル部門に所属したの。俺が直々にスカウトした子だから、よろしくしてくれない?」
(やっぱりそうか)
 La・Plusはアーティスト部門に所属しているタレントはほぼ『アイドル』であり、いわゆる『アーティスト』は数少ない。Akariを見た瞬間、彼が歌って踊る姿を想像出来なかった陸羽は、おそらくモデルなのだろうとすぐに思った。
「よろしくって……別に構いませんけど、どうして俺が?」
 本当は理由はわかっていた。陸羽はEmpRealの活動と並行し、長身を生かしてモデルの仕事もしている。きっと陸羽とAkariをセットにし、これから雑誌で売り出していこうという魂胆なのだろう。わかっていても少しもったいぶった返事をしてしまったのは、Akariがかなり好みのタイプだったため、がっついているように見られたくないという自分でも笑ってしまうようなちっぽけなプライドのせいだった。
「二人は年も近いし、これから一緒に色々な媒体に出てもらおうと思ってね。まあ、つまり、Akariの売り出しに利用されちゃってよ陸羽ちゃん、ってこと」
 歯に衣着せぬ物言いに、苦笑いすると陸羽はAkariを改めて見た。
「初めまして、EmpRealのリーダー、来栖陸羽です。よろしくお願いします」
 いつもどおり愛想良く笑って握手のための手を差し出す。けれどAkariは視線を床に落としたまま、陸羽の指先を軽く握って頷いた。
「Akariです……よろしくお願いします」
 蚊の鳴くような小さな声でボソッと呟くと、Akariはすぐに手を離してしまった。見た目はピカイチだが、これでは売れるものも売れないだろう。
「あのさ、挨拶の時ぐらい、人の目を見てくんない?」
 ズバリと指摘すると、Akariは一瞬にして耳まで顔を赤くし、顔を上げた後またすぐに俯いてしまった。
「……すみません」
 その態度は決して褒められたものではなかったが、やたらと可愛く見えたのは、好みのタイプという贔屓目も入っていたかもしれない。
(この仕事をしてなければ、すぐに口説いてたかもな)
 一晩だけでもどうにかならないかと思い巡らせてしまうぐらい、陸羽はAkariに興味を抱いていた。

 ――けれど、そんな陸羽の想いとは裏腹に、Akariはひたすら素っ気なかった。一応顔見知りではあるのに、廊下ですれ違っても会釈だけ、こちらから話しかけようとすれば、その気配を察したかのようにいなくなってしまう。
(嫌われるようなことしたか?)
 いくら思い返してみても、嫌われるほどの会話をした記憶もない。よろしくお願いされたものの、してあげられることは何もなさそうだった。

 それからまもなくだった。マネージャーから男性向けファッション誌の表紙と特集ページの仕事が決まり、一緒にAkariも出ることを聞かされたのは。
 特集ページを組んでもらえるなど新人モデルとしては大抜擢だ。もちろん、陸羽のバーターであることや事務所の力が大きいのもあるが、今のご時世、それだけでは出版社は動いてくれない。きっとAkariに魅力や可能性を感じているのだろう。
(あの見た目だもんな。まあ、わかる)
 強力なライバルにもなり得る存在だったが、陸羽もそこは認めざるを得なかった。
 そして撮影当日、マネージャーに連れられてAkariが挨拶にやってきた。
「……今日はよろしくお願いします」
 小さな声でそう言って頭を下げたが、決して陸羽の顔を見ようとはしない。相変わらずの態度だったが、陸羽は気にしない素振りで微笑んだ。
「一緒の現場、初めてだな。わからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
 大きな仕事が初めてなだけで、これまで小さな仕事はこなしてきているだろうから、陸羽のアドバイスなど必要ないかもしれない。けれど一応お仕着せの挨拶をすると、Akariの手に軽く触れた。
(ん……?)
 Akariの手は微かに震えていた。自分にも経験があるからわかる。これは緊張からくる震えだ。
(なるほどね……)
 もしかするとAkariは、極度の上がり症なのかもしれない。見目麗しい長身の男が仔猫のように震えている姿を見ていたら、陸羽の中に何か衝動のようなものが込み上げてきた。
(ヤバい、ますます興味出てきたかも)
 アイドルという職業はとにかく忙しく、毎日が目まぐるしく過ぎていく。『同じ日』など一日たりともなく、行く場所、会う人が常に変化し、やることも変わる。
 それにさらに楽しいことが加わりそうな予感を陸羽は抱いていた。

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2018年09月05日

『アイドルだって恋をするvol.2』プロローグショートストーリー


 小学校四年生に上がって新しいクラスとなった。
 教室に入るなり、待ち構えていた担任から自分の名札が貼ってある席につくようにと言われる。『浅田』という苗字は大抵前の方の席になってしまうことが嫌なのだが、今回も颯は一番前の席。席替えがあるまでの我慢だが、それでもきっとしばらくはこのまま授業を受けることになるのだろう。ふてくされて頬杖をついていると、後ろからくいっと服の裾を引っ張られた。
「ねえねえ」
 振り返ると、周りの子たちより全体的に色素が薄く、儚くも見える少年が後ろの席に座っていた。柔らかそうな髪、細い顎、人懐っこそうに優しく垂れた目。
 タワーマンションが立ち並ぶ地域の小学校のため、少子化にしては珍しく、学年ごとに五クラスもある。それゆえこれまで一緒のクラスになったことはなかったが、やたら目立つ容姿だったので彼のことは颯も知っていた。
 名前は確か――。
「あのね、僕、天宮日向っていうの。君は?」
 颯が名前を思い出すよりも先に本人が名乗る。あまりの気安さに逆に警戒心を覚えながら、颯は素っ気なく返した。
「……浅田颯」
「そっか、浅田君って言うんだ。すごくかっこいいねえ」
 日向は目尻を一層下げてニコニコと笑っている。髪先を時折指先でいじりながら颯を見つめる瞳は、まるで星空を映したかのようにきらめいていた。
「……あっそ、ありがと」
 妙な気恥ずかしさを覚えると、颯はわざと素っ気なく言い前を向いた。それきり日向が話しかけてこないことが、なぜだか少し淋しかった。


 その週末、母親の車に乗りながら、颯はいつになく浮かれ気分でいた。去年受けた芸能事務所『La・Plus(ラプラス)』の養成所オーディションに合格して晴れてレッスン生となり、レッスン場へと向かう途中だったからだ。
 子どもの頃から身体を動かすことが好きで、テレビの中のアイドルたちのダンスを見ては振り付けを覚えて踊り、いつかは自分もあの中に混ざりたいとずっと思ってきた。
 レッスン場まで車で片道二時間という距離は決して近くなかったが、家族が全力でサポートしてくれることになっている。それだけ重圧も大きいが、今の颯の前には希望しか広がっていなかった。
「あれ……浅田君?」
 レッスン場に入るなり、すぐに声をかけられた。軽く手を振りながら駆け寄って来たのは日向で、颯はわけもわからず頬が熱くなるのを感じていた。
「わあ、偶然! 浅田君もここのオーディション受けてたんだ!」
「う、うん……天宮もなんだな」
「僕はお母さんが応募してくれたの。歌が上手いから、絶対歌手になった方がいいよって言ってくれて」
 ともすれば自慢に聞こえてしまうような台詞も、日向が言うとそうとは聞こえない。そしてその言葉のとおり、彼は同期の誰よりも歌が上手かった。ダンスに関しては平均よりやや劣るものの、それをカバーして有り余る歌唱スキルが備わっていた。
 いずれ日向は確実にデビューするだろう。なぜか颯は嫉妬心よりも先に、まだ友達ともいえないぐらいの仲の日向に、誇らしさまで感じていた。


 それから一ヵ月過ぎるころには、浅田家、天宮家の協力体制が完全に出来上がっていた。同じ方面から通っていることもあり、交互に送迎することで家族への負担も減る。往復四時間の移動を共にすることで二人の仲もすっかり打ち解け、いつしか呼び捨てする間柄になっていた。
「ねえねえ、颯のアイス、ひとくちちょうだい」
 レッスン帰りの車中、買ってもらったアイスをそれぞれ食べていると、日向が顔を近づけてきた。
「……いいけど」
「あーむっ」
 棒のアイスの端を噛み、日向がゆっくりとそれを口の中で溶かす。
「うん、おいしい。はい、僕のもあげるね」
「う、うん……」
 日向の歯型がついた部分を食べようとした瞬間、顔が熱くなってしまい、颯はあえてまだかじられていない部分を食べた。
「……ん、おいしい」
「ねー! やっぱりアイスっておいしいよね」
「……うん」
 答えながら颯は、ドキドキしていることを悟られないように車窓に目を移しながら、日向がかじった自分のアイスを口に入れた。同性の日向に対してこんな気持ちになってしまう自分が、少しだけ怖いとも感じていた。


「んー……ここをこっちとかけて……それでこっちがこうなるから……難しいなあ……」
 レッスンの休憩時間中に算数の宿題をやりながら、日向が顔をしかめる。
 日向は国語や生物、社会といった科目の成績は悪くない。それどころか作文においては、度々賞をもらっているようだ。何度か読ませてもらったことがあるが、誤字や脱字が少々目立つものの、とてもあたたかくて綺麗な文章を書くので感心したのを覚えている。
 それなのになぜか算数だけはまったく出来ないようで、颯からすると信じられないような点数を取っているのをよく見る。突出して苦手科目のない颯からすると、どうしてここまで『数字』というものを理解出来ないのか不思議なぐらいだ。
「ここ、間違えてる。先にこっちを掛け算しないとダメだ」
「あ、そっかー。颯は頭いいなあ」
「……いや、これぐらい普通だから」
 無邪気な笑顔で見つめられ、颯は照れくさくなると俯いた。なぜなのか、日向と話していると時々、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、不思議な感覚に陥ることがある。けれどこれがなんなのか、今の颯にはまだわからないでいた。
「あ、ねえねえ、颯って将来の夢はある?」
 足をブラブラさせながら、呑気な口調で日向が問う。
「え……La・Plusからデビューしてアイドルになりたいけど……」
「そっか! あのね、僕はアイスクリーム屋さんになりたいんだ。食べ物の中で一番アイスが好きだから」
「は……? でも、俺たちアイドル目指してるんだよな?」
「うん、もちろんだよ!」
「じゃあ、なんでアイスクリーム屋さんになりたいんだ?」
「アイスが好きだから!」
 躊躇うことなくはっきりと答える姿があまりにも可愛くて、颯は思わず吹き出してしまうと言った。
「おまえさあ、アイドルになりたくてレッスンしてんじゃないの? なんでアイスクリーム屋が夢なんだよ」
「あ、そっか。じゃあ、アイドルやりながらアイスクリーム屋さんになる」
「あははっ、そのアイスすげー売れそう」
「颯も一緒になろうよ!」
「え……」
「同じ学校に通って、一緒にアイドルになって、一緒にアイスクリーム屋さんになって、それで一緒に住んだら、僕たちずーっとずーっと一緒にいられるよね!」
 しつこいぐらいに続いた『一緒に』の言葉に、颯の心臓が跳ね上がる。くすぐったくて甘酸っぱい気持ちに叫び出したくなるのをこらえると、颯は意味もなく教科書を捲りながら答えた。
「……本当に一緒にデビュー出来たら、その時は考えてやる」
「ほんと!? 約束だよ! 颯、大好き!」
 手をぎゅっと握られて、颯は自分の手のひらにじんわりと汗をかくのを感じていた。その時颯はようやく気付いた、この感情が恋であることに。


 それからの二人は、表向きはずっと『親友』という形を保っていた。切磋琢磨し、同じ夢に向かって突き進む同士として、ライバルとして、仲を深めていった。
 そして中学生になった初めての夏休み、二人は事務所のデビュー候補生六人の中に選ばれ、二週間の合宿に参加することになった。ここで結果を出せれば確実にデビューへの道が開けると言われているため、否が応でも士気が上がる。
 だが、颯にはひとつ心配なことがあった。それは、日向と二週間、二人部屋で過ごすということだ。
 これまで二家族で何度も旅行も行っているし、互いの家に泊まったりもしているが、二人きりというのは初めてだ。変に意識をしないようにと思えば思う程してしまって、日向に自分の気持ちがばれてしまうのが怖かった。
「わーい、颯と一緒にお風呂に入るの久しぶりだね! 去年の旅行以来かな?」
 そんな颯の気持ちなど知らず、合宿初日のお風呂の時間、日向は無邪気にはしゃいでいる。レッスン後のシャワーだって温泉だってプールだって一緒に行っているから日向の身体など見慣れているはずなのに、『二人きり』というキーワードのせいで、どうにも直視出来ない。
 なのに日向は一緒に湯船に浸かりながら、無遠慮に颯の身体を触ってくる。
「ねえ、また筋肉ついた? いいなあ、僕も筋トレ頑張ってるんだけど、なかなかつかないんだよねえ」
 身長はそこまで変わらないのに、日向の身体は颯に比べるとかなり華奢で、どうやら筋肉がつきにくい体質のようだ。本人が悩んでいるので口には出せないが、颯は内心、日向の白くて細い筋肉の少ない身体が好きだと思っていた。
「いいなあ、颯の身体。こういう身体になりたいなあ」
「おい……あんま触るなよ」
「んー、でも……」
 何を考えているのか、日向は真剣な表情で颯の腕や肩、腹回りをペタペタと触っている。さすがの颯も衝動を抑えきれなくなりそうになった時、日向の方がぱっと手を離し、突然背中を向けた。
「ごめん!」
「……どうした?」
「なんでもない、たくさん触っちゃってごめんなさい!」
「日向?」
「僕、先に上がるね!」
 日向は飛び出すようにして湯船から出ると、ろくに身体も拭かないまま浴室から出て行ってしまった。取り残された颯は茫然として、声をかけることすら出来なかった。


 その日の夜だった。なかなか寝付けなくて何度も寝返りを打っていると、隣のベッドからすすり泣くような声が聞こえてきた。
「……日向、どうした?」
 心配になって声をかけると、日向が涙に濡れた顔を布団から出した。
「おい、どうしたんだ。中学生にもなってホームシックか?」
 ベッドから起き上がり、日向の傍へと行く。すると日向は手で涙をぬぐいながら答えた。
「ごめんね颯、本当にごめんね」
「いや、何を謝られてるのかわからないんだけど……」
「あのね、颯の身体触ってたら、なんか変な気分になっちゃって、それで、寝ながらさっきのこと思い出してたら、あのね、そのね……立っちゃったの」
「え……?」
「ごめんね、僕、気持ち悪いよね、本当にごめんね」
 布団に潜ろうとした日向の手を咄嗟に掴む。
「颯……?」
「俺もだから」
「え……」
「俺も、おまえのこと見ると、その……た、立つこと、あるから……」
「ほんと? 颯もなの?」
 日向は嬉しそうな顔になり、起き上がった。
「僕、おかしくない? 気持ち悪くない? 僕のために嘘ついてない?」
「嘘なんてついてない。だって俺、おまえのそれ……さ、触りたいって思ってるし……」
 軋む音と共にベッドに膝をつくと、颯は日向の頬に手を伸ばした。

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2018年08月13日

『アイドルだって恋をするvol.1』プロローグショートストーリー


☆☆『アイドルだって恋をするvol.1』プロローグショートストーリー☆☆

 本当に僕なんかで務まるのか――。
 社長室の重厚な扉の前で、広夢は軽くネクタイを直しながら深い溜息をついた。
 芸能事務所『La・Plus(ラプラス)』の名前は知らなくとも、『La・Plus』所属の『EmpReal(エンピリアル)』の名前を知らない人は少ないだろう。
 リーダーの来栖陸羽を始めとする、4人組アイドルユニット。あまりテレビを見ない広夢でさえメンバーの顔と名前が合致するぐらい、彼らは今、絶大な人気と知名度を誇っているのだ。
 そして広夢は今日から、最年少メンバーである、桐生紅葉の専属マネージャーになることが決まっている。
 といっても、マネージャー業が活発になるのは個人仕事が多い時期のみで、ツアー中はグループの総合マネージャーが担当すると聞いている。その期間、広夢はデスクの仕事がメインになると言われたため、それならなんとかなるのではないかと引き受けた。
 希望していた職種とは全く違ったが、就職浪人二年目になろうとしていた彼にとって、友人からのこの仕事の紹介は渡りに船だった。
 提示された初任給は平均以上で、その分大変なのだろうと覚悟は決めてはいる。
(メンバーたちの詳細や活動内容は頭に叩き込んだし、コミュニケーション能力だって低い方ではない。きっと大丈夫)
 自分にそう言い聞かせてから扉をノックし、中からの反応を待つ。
「どうぞー」
 思わぬ軽い調子の声が返ってきて、拍子抜けをしながら扉を開ける。
 八畳ほどの部屋に、手前に応接セットが一組、黒塗りの大きなデスクの向こうには、薄くあごひげを生やした男性が一人座っていた。きっと、この人が社長だろう。写真で見るよりもずっと若く見える。
「本日よりお世話になります小石川広夢です。どうぞよろしくお願い致します」
 就活時の面接で何度もやったように、はきはきとした声で挨拶をして頭を下げると、大きな笑い声が部屋に響き渡った。
「あははっ、うち、そういうの大丈夫だから。外では大事だけど、社内では気楽にしちゃってよ」
 そっと身体を起こすと、面白そうな顔で笑う社長と目が合った。どうやら、冗談ではなく本気で言っているようだ。
「は、はい……」
 戸惑ってその場に棒立ちになる広夢に向かい、彼が続ける。
「小石川君に担当してもらうのはEmpRealのメンバーの桐生紅葉ね。最近ドラマの出演が増えてきて、そろそろ個人マネージャーをつけようと思ってたとこなのよ。最年少のせいか他のメンバーに甘やかされてちょーっとワガママなところあるけど、うちの稼ぎ頭のひとりだし、根はいい子だからよろしくしてね」
 広夢が想像していたとおりの、いかにもな業界人口調で一気に話し終えると、彼は満足そうにデスクに肘をついた。
「わ、わかりました」
 ワガママというのがどの程度なのかわからないが、ここは頷く他ない。
「んー、そろそろ来るころなんだけど、レッスンが延びてるのかねえ」
「遅くなってごめーん!!」
 語尾を遮る勢いで扉が開き、転がるようにして入ってきたのはひとりの少年だった。
 Tシャツにジャージというラフないでたちだが、彼は一目で『特別な存在』だとわかる雰囲気を醸し出していた。小さな顔の中にはめこまれた欠点のない綺麗なパーツ。これがアーモンドアイというのだろうか、大きくややつり上がった瞳はまるで宝石のように輝いている。初めて目の当たりにした『芸能人』の存在感に圧倒され息を飲む。
 ――間違いない、彼が桐生紅葉だ。
「あれ……ねえ、もしかして……」
 きょとんとした顔で彼が呟いた言葉にはっとすると、広夢は再び深く頭を下げた。
「ほ、本日より桐生さんの専属マネージャーとなります小石川です。よろしくお願いします」
 なぜか長めの間があった後、紅葉が呟くように言った。
「……ふーん、そっか。あなたが小石川さんなんだ。今日からよろしくね」
 顔を上げると、なぜか笑っているような泣いているような複雑な表情をしている紅葉がそこにいた。
(僕のことが気に入らないのだろうか)
 そんな心配が脳裏をよぎり、嫌な汗が出て来る。だがそれを打ち消すかのように、紅葉は満面の笑みを見せた。
「うん、よろしくね! 専属マネージャーさんなんて初めてだから楽しみー! 社長、ありがとね!」
(なんだ、いい子じゃないか)
 広夢はほっと胸を撫で下ろした。


 それからの日々はとても目まぐるしかった。幸い紅葉は夜10時以降は働けないため、深夜に現場に立ち会うことはないものの、彼を家まで送った後はメールの返信や電話対応で追われて休む暇もない。
 おまけに紅葉はケータリングにないものを食べたいから他で買ってきてくれだの、送ったついでに部屋の掃除をしてくれだの、蛍光灯が切れたから替えに来てくれなどと言い、まるで広夢を召使か何かと勘違いしているかのように扱った。
 けれどまだ子どもと言ってもおかしくない年齢の紅葉が、ドラマ撮影の合間に雑誌やテレビの取材、宣伝のための番組出演というこのハードスケジュールを、愚痴も零さず健気にこなしている姿を見ると、多少のワガママは許してあげなければと思ってしまう広夢がいた。


「では本日の撮影はここまでになります、ありがとうございました!」
 スタッフの一声により、役者陣がセットから出ていく。仲間同士で談話する人、黙って携帯を弄る人、差し入れを食べる人それぞれだ。
 ディレクターとスケジュールの確認を改めてした後、紅葉の姿を探す。すると彼は隅に置いてあったソファーにもたれ、目を閉じていた。規則正しく動く胸から察するに、本当に眠ってしまっているのだろう。
(お仕事、頑張ってますもんね)
 起こすの躊躇い、しばらく紅葉の寝顔を見る。あどけなくて幼さの残る、それでいてとても綺麗な顔。本来なら一生話すことすらなかったであろう存在の彼が、目の前で無防備に眠っている姿を見ているのが自分でも不思議でならなかった。
「ん……」
 長いまつげが何度か動き、大きく瞼が開かれる。
「あ……俺、寝ちゃってた。もう帰らないとだよね」
 紅葉が立ち上がろうとしたその時だった。
「いたっ……」
 軽く顔をしかめ、膝をさすると再びソファーに座り直す。
「どうかしましたか? 怪我でもされましたか?」
 見ている限りではそんな様子はなかったが、もしもに備えてこの時間までやってる病院はないかと考える。けれど紅葉はなぜか得意げな顔をして笑った。
「前に、念のため病院で検査してもらったけど異常なかったし、成長痛じゃないかって。俺、中学までチビで、卒業してから一気に6cmも伸びたから。もうすぐ170cmに届くんだ」
 そう言った紅葉がいつも以上に可愛らしく見え、思わず広夢の口元にも笑みがこぼれた。
「緩和する方法をまとめておきましょうか? 私も中学の頃結構酷かったので、色々調べたんですよ」
「ううん、大丈夫。最近はほとんど痛みもなくなってきてるから。それよりも、おんぶで楽屋に連れてってよ」
「はい?」
 一瞬何を言われているのかわからなくて、笑みを湛えたまま表情が固まる。
「あー、膝いたーい、歩けなーい」
「いえ、でもさっきほとんど痛みはなくなってきていると……」
「やだやだ、歩けないよぅ、このままだとスタジオにお泊まりになっちゃうよぅ」
 痛いはずの足をバタバタと上下に動かしながら、紅葉はニヤニヤと広夢を見上げている。こうなってしまった彼への対処法を、まだ広夢は身につけていなかった。


「お、どうした紅葉、怪我でもしたか?」
「ううん、タクシー移動中!」
「…………」
 せめて、具合が悪いとでも言って欲しいのに、紅葉は声をかけてくる人に、得意げにそう答えている。紅葉をおんぶすること自体は嫌ではないが、こき使われているように見られるのはさすがに屈辱的だし、人に恥をかかせるような行動は一個人としてどうかと思う。
 ここは大人として常識を厳しく教えるべきだと感じ、広夢は強く頷いた。


「はい、到着しましたよ、お代はいりません」
 楽屋の扉の前までやってくると、半ば投げやり気味にそう言う。
「ん、ありがと」
 やけに素直な返事の後、紅葉はなぜかぎゅっと強く広夢に抱き付き、まるで甘えるように肩に顔を埋めてきた。甘い吐息が首筋にかかり、ぞくっと身体が震える。けれどその震えは決して不快なものではなく、むしろ快感に近いもののように広夢は感じた。
「あの……紅葉さん? どうかしましたか」
 胸の高鳴りを誤魔化すかのように、広夢はいつもより固めの声色を作ると、平静を装って尋ねた。
「……よいしょっと!」
 ぴょんっと飛び跳ねるようにして広夢の背中から下り、楽屋の扉に手をかけながら、紅葉が振り返る。
「えへへっ、小石川さんとぴたっとしたくておんぶおねだりしちゃった!」
「え……」
「ごめんね、重かったでしょ」
 発言の意図はわからないが、そんな泣いているような笑みで言われてしまったら、叱るに叱れなくなってしまう。
「重くはありませんでしたけど、あれはいい行為ではありませんね」
「え……」
 広夢は予定よりも優しく、諭すように話し始めた。
「タクシー呼ばわりしたことです。私にもプライドというものがあります。いえ、私以外だって誰でも持っているものです。それを人前で傷つけるような行為は今後は控えて下さいね」
「でも、陸羽もたまに俺のこと持ち上げて、飛行機って言って遊んでるよ?」
 その様子が目に浮かんで思わず笑ってしまいそうになったが、それをこらえて続ける。
「来栖さんは仲間なので遊びで済みますよね? けれど私はマネージャーで、周りからは紅葉さんより立場は下に見えているでしょう。そんな人間を道具呼ばわりしたら、みんなどう思いますか? こき使っているように思われませんか?」
「あ……そっか、ごめん。そこまで考えなかった」
 本当に悪気はなかったようで、紅葉はしょんぼりと俯くと唇を噛んだ。社長も言っていたとおり、決して悪い子ではない。それは広夢もよくわかっている。
「……俺のこと、嫌いになっちゃった?」
 上目遣いにそう尋ねる姿は本当にただの子どもで、広夢は微笑みながら首を横に振った。
「嫌いになんてなりませんよ」
「じゃあ、好き?」
 続いた質問のあまりの可愛さにこらえきれずにふき出してしまった後、広夢は大きく頷いた。
「はい、好きですよ。あ、でも、これ以上私を困らせるようなことをしたら、嫌いになってしまうかもしれませんよ?」
「えー、それは困るよ、だって俺小石川さんのこと好きだもん」
「え……」
「好きだから、もっと一緒にいたくて部屋の掃除頼んだり、用事を見つけては家に来てもらってんだよ。気付かなかった?」
 担当タレントから言われた『好き』の一言。それはマネージャーにとって、この上ない賛辞だ。色々と大変なことも多いけれど、その一言で、これからもこの仕事をやっていけるという自信がつく。
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
 素直にお礼を言うと、紅葉は少しむっとした顔で広夢を睨みつけた。
「ねえ、俺の好きって言葉、誤解してるでしょ?」
「は!? いえいえ、そんなまさか。私だって今の好きの意味ぐらいわかってますよ」
「ううん、絶対にわかってない。俺が言ってる好きっていうのは、恋愛感情の方なの!」
「……はい?」
「だから、手を繋ぎたいとか、キスしたいとか、セックスしたいとか、そっちの意味の好きなの!」
「……え??」
「まだわかんない? セッ……」
「うわあっ!!」
 勢いよく紅葉の口を片手で覆い、急いで扉を開けて楽屋に飛び込む。確か、周りに人はいなかった、今の会話は聞かれていないはずと、呪文のように自分に言い聞かせた。
 広夢は息を整えると、紅葉の顔を見た。
「どうしてあんなこと言うんですか!? さっき、困らせると嫌いになりますって言ったばかりじゃないですか!」
「え……困ってるの? それは、俺のこと嫌いだから?」
「ち、違います! 嫌いだから困ってるんじゃなくて……」
「え、じゃあ、俺のこと好き?」
「それは、好きは好きですけど、そういう意味とは違って……」
「……やっぱり、俺の気持ちが迷惑で困ってるんじゃん」
 紅葉の表情がみるみる曇り、うっすらと瞳に涙まで浮かんでいるように見える。広夢は慌てると、次に発するべき言葉を懸命に考えた。
「あ、あの、そもそも、私たち同性同士ですよね? いきなり恋愛感情と言われても頭がおいつかないのですが」
「好きって気持ちに、性別とか関係なくない?」
 あまりにも直球でまっとうな意見を返されてしまい、言葉に詰まる。次の言葉が浮かばず口をパクパクさせていると、紅葉がいいことを思いついたように、にっこりと笑った。
「じゃあさ、セックスしてみようか! 俺と出来なかったらすっぱり諦めるし、出来るようだったら付き合おうよ」
「は……え、あ、は? はああああ!?」
 自分でもどこから出ているのかわからないような声を広夢は上げていた。
「ねえねえ、俺とセックスしてみよ? ね?」
「あ、あはははは、冗談がすぎますよ紅葉さん」
「冗談じゃないってば。それとも、やっぱり俺のこと嫌い?」
「すっ、好きです……よ?」
「じゃあセックスできる?」
「で……でき……る……の……か……?」
 キラキラとした愛らしい瞳で覗き込まれ、まるで魔法にかかったかのように頷いてしまいそうになる。
「い、いや、やっぱりそういうのは、あの、その、冗談で言っていいことじゃありませんよ!? あんまりからかうと、私だって怒りますからね!?」
「からかってないよ、本気だよ。ねえねえ、俺としてみようよー」
(本気なのか? いや、冗談に決まってる、からかわれているんだ。でももし本気だったら自分は彼とセックスが出来るのか? いや待て本気なはずがない、冗談に決まってる。でも……)
 思考回路が同じところを延々ループし始め、広夢はすとんっと椅子に腰を下ろすと呟いた。
「えっと……考えてみます」
「ほんと? やったー! 返事決まったら教えてね!」
「は、はい……」
 ついそんな約束をしてしまったけれど、どうせこれもいつもの気まぐれ、ワガママ、ただの冗談なのだろう。きっと明日になれば自分が言った言葉でさえ忘れてしまっているはずだ。
 広夢は曖昧に笑って立ち上がると、紅葉の帰り支度を手伝い始めた。まさか、この先もずっとこんな日常が待ち受けているとも知らずに。

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